退院しました

先日の中秋の名月に姪が撮った写真です
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彼女の写真の切り取り方が私は好きでして…

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介護用ベッドを1日早く手配してもらえることになり、母は水曜に退院しました。反応も薄く、目も開かない状態でしたが、翌日はパチッと両目が開いて、「マスクを取って欲しい」の要求も…歯問題はいいのかい?なぁんて聞いたり…笑。
同じ時代を同じように生きてきた親戚のおばに声を振り絞って「ありがとう」を伝えられました。言葉が伝えたくての「マスクを取って」でした。母の煮る《うずら豆》は周囲の方に評判良く、おばはそんな話を家でしていた時に母の入退院のことを聞き、慌てて駆けつけてくれたのでした。
親戚の同級生でもある男性の前ではマスクしてあげたかったのに、間に合わず、ちょっと素顔を見られてしまったり…(^^;

今日はお見舞いに来てくれた方を、穴が開くほど見つめてました。亡くなった父の写真も。そして弟のことも。夜になってやっと私のことも…笑。今まで母にこんなに真っすぐに見つめられたことってなかったもしれない…ってほどじーっと。私が「どーしよう💦」と落ち着かなくなるくらいじーっと。不安になるから止めて!って言いたくなるくらいじーっと。。


病院のカーテンで閉じられ仕切られた部屋から、とにかく1分でも早く脱出させてあげたくて、空が見える個室に移ることができ、コロナも少し落ち着いて、元気づけの面会も何度かさせてもらいつつ…の退院となりました。
病院にいた時よりも診療の質が落ちるだろうと、痛い時や苦しい時も増えるかもしれないけど、一緒に帰ろう!と言ったら、母はこっくりと頷きました。先生からも家に帰りたいか?聞いてくれたらしいのですが、自分が家に戻ると大変だと思っているようで、なかなかはっきりとYESと言わなかったそうです。
なんだか美談のように聞こえますが、ご家族で吸引機を使えますか?の質問には私もYESとは答えられなかったし、実際にその処置を見たら、胸が潰れそうでしたし、腰は引けまくり。1日2回の訪問介護をお願いしました。

酸素を供給する機械も付け、自力ではもう動けない食べられない母を見続ける辛さはありますが、今はそんなこともあんなことも考えず、一緒に過ごそうと決めました。が、3日目の夜に眠れずブログで心身整理のポンコツです。


銭洗弁財天宇賀福神社に行ってきました

9月13日が特別な日だとkotobukiさんに教えて頂き、カレンダーに印してました。 
鎌倉の銭洗弁天に行ってきました。正式名称を《銭洗弁財天 宇賀福神社》というのですね。。
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この両脇の提灯もこの日だからあったのだとか…。

ざるにお金を入れまして…欲張って2枚も( ´艸`)
【0】が【8】個並んだお札が2枚…2億円です。
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一緒に入れたコインは、私がいつもお財布に入れているものです。
このコインと1億円は自分のお財布にしっかり戻しまして、もう1枚の濡れたまんまの1億円は、寶戒寺でお守りを買うのに使いました。

私が体調が悪かった時に、夫が寶戒寺で買ってきてくれた閻魔様のお守りは、閻魔様が睨んでくれているので?病魔も退散したようで、それからなんとな~く身近に置いてました。そのお守りを入院している母から見える位置にぶら下げて来たので、自分の分も含め7つ買ってきました。 
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 9月13日の特別な日に、クローバーのコインと、清めた1億円に閻魔様の加勢で良い方へ拡がるといいんだけど…。1億円に折った時点で欲深さが出てる?←でも、やってみたかったのです( ´艸`)フフ

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病院から連絡があって、あまりの急激な変化に追いつけない私達に、15分という短い時間でしたが、今後のことを話しあい考える中でも、母の状態を知ってもらった方がいいでしょう…となり、先週病院に行ってきました。防護服を着た私を認識できたんだろうか?フェースシールドが熱気で曇ってたからね。体勢を変えてあげようと「痛くしたらごめん」と言ったら…「結構荒っぽい人もいるから平気だよ」…と(笑)
面会後のLINEは既読になりません。振り回されるまい!と思っていても、しょっちゅうチェックしてしまいます。よい状態ではないと、ここに書くのに時間がかかりました。
皆さまのところに伺うこともできないでいますが、気にかけて訪問して下さり、見守っていて下さっている方の存在が感じられます。ありがとうございます。

最近気に入っていること

我家の朝食はパンのことが多いのですが、最近気に入っているのが…シソをレタス扱いして、チーズを挟んで食べること。夫の実家の庭がシソ畑と化していて、どーしたものか?と考えまして、試しにやってみたら、結構イケたので、日課になりました。最初は2枚からスタート。今は4枚に増やしたものだからチーズの味が…少々薄いけど(>_<)アハハ
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恥ずかしながら写真を撮ってみました。毎日変わり映えしませんが、少しづつ色々…が好きです。我家で採れたミニトマト、すごく硬くて…(>_<)面倒臭いと思いながら、もったいなくて、小さいのに更に半分にカットして食べてます。最近ではカットもできないほど小さくなってて、もうお終いにしたら?レベルなんだけど、最後まで食べます(^^♪

ご飯の時は、ダシ醤油にごま油を 入れ、その液にシソをくぐらせて、海苔のようにご飯をくるっと巻いて食べてます。
「大量消費するにはどーすればいいんだろう?」なんて思ってましたが、シソの穂が出始めて、シソの季節も終わりが見えてきました。毎日、少なくとも10枚は食べているので、今私の細胞はちょっと緑がかっているかも?( ´艸`)


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「軽いリハビリが始まります」「食事を完食されました」と聞いて、喜んでいましたが、私が想像していたレベルとは程遠いことがわかって、母と電話で話して様子も垣間見たのに、自分の希望を優先させてました。言葉だけで判断したり振り回されないようにせねば!という思いと、一喜一憂はしかたない!と自分に言い聞かせてます。

「既読」が付いたのみならず…

今日、母が入院している病院に初めて電話をしました。電話に出たのは、先日母の手助けをして電話をかけてきてくれた方で、母の担当者でした。お礼も言えたし、私の望みも伝えることによって、今後のことを少し共有できたように思えました。

昨日内科に移って、今日が2日目の朝。3日ぶりにトークに「既読」の文字が付き、おまけに電話がかかってきた…あたしゃまだパジャマ代わりのヨレヨレTシャツ状態だよぉ💦💦なタイミングで。 母を見れば歯無しの状態…顔を見ることができて安心したけど、驚きが複雑になっちゃった(笑) 「お互い素」の状態でちょっと恥ずかしいね…なんてことも話せたけど、まだ意識が朦朧としているよう。これからはリズムを整えて、昼と夜をはっきりさせることが大切だということもわかったので、LINEを上手く使って側面応援していこうと思います。

今日から簡単なリハビリも始まるそう(←こういう情報もありがたかった) 昼寝の後に見てもらえるかもしれないと、先日ブログにも載せた《蓮の実》の写真を送ってみました。
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そうしたら「これは何?」…と反応。「刺激になったんじゃない?」のドヤ顔の娘です(`・∀・´)ドヤ!!
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調子こいて、蓮の実ご飯のことも打ってたら、途中に母のビデオが入っちゃった…今回は歯有りでした、よかったね( ´艸`)アハハ
LINEのトークって、タイミングがズレる時がありませんか?母と私の2人トークは、私が写真とか文字を打つと、母から数日後に電話がかかってくる…という飛脚の時代のようなスピード。これからは、看護師さんという通訳さんが入ってくれるので3人トークのようなんだけど、まだ間が掴めない(笑) 蓮の話の間に母のビデオが入っちゃったのは…ご愛敬?( ´艸`) 後で見たら母は嫌だろうな…な画像だったので(笑)、さりげなく、「返信はたま~に…で大丈夫です。私が送った写真を拡大して見せてもらったり、文字を読んで頂ければありがたいです」…と。母の画像…母にだって事情やタイミングもあるだろう、患者さんは他にもいる、ハードルは低い方が続くんじゃないかなぁ…の希望も込めて。そして…もう少し話せるようになったら、またビデオ通話をお願いしましょう。

先日の「草抜き」は、命に別条はないことだけがわかったので、安堵しつつも気持ちを落ち着けようと黙々と…。お医者様からは母の状態があまりよくない感じを言われていたので、やはり心は落ち着かず…でした。

今日は「今は撮られたくないかもねー」な病気以外の同情も湧いたけれど(笑)、「自分でスマホを触った」「昨夜から始まった食事を完食した」「食事はやっぱりいいね、と言った」…こんな情報が知りたかったのです。待っていたのです。本当に「ありがとうございます」な気分。
入院してからの10日間の代償は大きそうですが、やっと検査を終え、スタートラインに立てた気分になれました。

このだるまの写真に3日間既読がつかなくて「なんで?💦」となっておりました。
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そんなこんなでぐったり…皆さまのところにも伺えませんでした。。m(__)m

アスター?

今朝、看護師さんの助けを借りてですが、母から電話がありました。朦朧とする時としっかりしてる時があると、弟からは聞いてましたが、しっかりしているタイミングでかけてきてくれたのかもしれない。話し辛そうでしたが、会話もしっかりと成立してたし、何よりも意識があったことに安堵しました。

昨夜の弟の話によると…高血圧・動脈硬化が悪さをしているようでした。肺の治療のため、血液サラサラの薬を一時ストップした影響もあるのか?脳で小さな梗塞を起こしたようです。
日・月曜の2日間は、母の体の中で何が起こっていてどう不調なのかがイマイチはっきりしなくて悶々としていました。少しづつ繋がってきた部分もあって、まだ予断を許さない状態ではあるのですが、霧の向こうに少し光が見えたような気持ちにもなりました。
LINEが既読にならないことで、生存確認みたいな気持ちまで湧いていたので、LINEを確認しながら過ごした2日間は地味に堪えました。夕べは私の心臓がトクトクトクと早打ちして、こりゃアカン!と思ったのですが、先ずは私が落ち着かねば!です。

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昨日は草むしりしました。庭には、厄介で手間のかかる芝生を植えてある場所があって、そこに芝生以外の植物だって生えてくるワケで…。草むしりというより草抜きに近い作業を頑張ったので、指が痛い(>_<) 根も一緒に抜きたいので、草を掴んでぐにゅぐにゅと揺すりながら慎重に抜きます…時間の割に進まないのがもどかしい作業。集中しないとダメなので、もやもや気分には良いことも…。

最初はちょっと赤い部分があってカワイイと思っていたのですが、知らぬ間に増える繁殖力に驚き(・。・;
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勝手に《シレット》と名前をつけました。知らぬ間に’しれ~っと’根付いているので。

これは《アスター》? 袋を捨ててしまい、名前がわからないのですが、花が咲きました。
アスター
3月に横浜山手にお雛様を見に出掛けた時、花の種が置かれていたので、ラッキー🍀と手にしたら…「50円です」と言われ、無料だと思って手に取った自分がちょっと恥ずかしかった…(〃ノωノ)

秋の気配だけど、日々咲くイメージの小さな日日草を、秋直前に買ってきました。
夏花火
《夏花火》という名前。もうすぐ9月だけど、母に送ろう!…とか言いながら、安売りの花…(^^ゞ
おかげで、ミニトマトの葉が枯れ始め、暑さでやられた冴えない庭が、明るくなりました。

9月になったら残っているもう1袋の「矢車菊」の種を蒔こうと思います。

長生きも大変だ

LINEの既読はつかないまま… 病院だからと遠慮してたけど、今朝電話もかけてみた。でも、出ない。食事中とかリハビリの運動中ならいいけど、出られないのではないか?と思ってしまうと、落ち着かない。母のスマホは電話をかける専用に近いので、そもそも気付いてないのかも…と思うと、「もう少し気にしてよ!」って言いたくもなるけど、そのくらいののん気さだったらありがたいんだけど…。

小さい頃のよそ行きの服は、母のお手製が多かったです。私が小ぶりだったのもあるけれど、住んでる場所には洋服を扱っているお店がありませんでした。ミシンのある風景が当たり前だった我家。我家の放ったらかしのミシンの糸通しがわからなくなりそうで、ボビンの糸巻きができなかったんだけど、やってみたり…。夜中に台所でゴソゴソ料理を始めてしまったり…。どーんと構えていたいけど、動いている方が落ち着くので、ちょこまか動いてしまう。今日は涼しいので、見て見ぬふりしていた草むしりをしようか…と。

下の👇記事は、予約投稿準備していたので、投稿することにしました。

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旅行記を書き終えたら、ネタがない?(^^;
最近家で過ごす時間が増えました。でも、だから?私にも長々と旅行記が書けたのかもしれないけど。

ちょっと現実的な話…。
義母が介護認定を受けたのが4月で、要介護2。1歳年上の義父は、脳梗塞を2回起こしているのに、要支援1…運動もしていたし(脳梗塞で入院した80歳頃まで指導する側でした)、つい最近まで働いていたし、動こうと心掛けてますし、義母のことも私達に迷惑かけないよう?頑張ってくれてます。

義母は、6月末からデイサービスに週一で通うことになりました。当日朝まで「お休みしようと思う」って言ってたけど(←これは想定内だったし、8月になっても変わってない・笑)、なんとか出掛けました。

夕方帰ってきたら…顔つきが違うでないの!イキイキしてる✨ 翌朝義父に様子を聞いたら、「よく喋る」と驚きつつ喜んでました。疲れたようですが、デイサービスでの様子をまぁ!事細かに覚えてて、おもしろ可笑しく話してくれました。義母は記憶力もよく、家では「よく見えない」から「できない」って言ってるけど、施設では違うようで(←少々矛盾・笑)、実家のお店を手伝っていたからか?観察力もあるみたい。

施設には同い年の方が2人通っているそうなのですが、送ってきてくれた責任者の方に「しっかりされてます」と言われて嬉しそう♪ その責任者の方、優しそうなイケメンさんなんです。夫曰く「ゆずの1人に似てない?(北川さんのこと)」 最近は別の方がお迎えなので、👹嫁はちょっとつまんないのでした( ´艸`)アハハ
デイサービス
義母は自分1人ではできないことが増えて「ありがとう」もだけど「ごめんね」「すいません」も増えてきました。でも、ある時ポロっと「謝ってばかりで、イヤになっちゃう」とこぼしたことがありました。

何を着ていこうかと考えるようになり、美容院に行ってパーマもかけたい…と意欲も出てきました。義姉と「私達が言ってもやらないけど、デイサービスのためにはやれるんだね…できるんだね!」とビックリしたり笑ったりしてます。毎回「お休みしようかな…」って言いながらも出掛けて、しっかりした顔つきになって戻ってきます。翌日は寝てばっかだけど(笑)
いくつになっても、誰かに注目されることの大切さ、認められることの喜びってあるんだなぁ…と感じてます。

と、これは嬉しいことなのですが、身体能力面からみると心配なことが…脚がね…(>_<) 寒くなると、更に座ったままで動かなくなるのが心配な8月末なのでした。
ケアマネさんからも「もう1回増やすと、ご希望の歩く練習ができていいのでは?」の提案には、しっかりと!それもはっきりと!!「それはイヤ、行きません」と。一日座っているとお尻が痛くて疲れちゃうんだって…。
「家でも一日中座ってるじゃない?動かないと動けなくなるよ!」って皆に言われますが、それには反応しません…急に耳日曜💤です。
介護シューズ
デイサービスで履く室内シューズを慌てて買ってきましたら…目が悪くて左右がわかりにくいというので、ちょっと可愛くしてみましたよぉ…優しいお嫁さんがね~( ´艸`)ププ
「室内履きがないから行かない」って言われないよう!外反母趾だから柔らかいのを2日間で探すの結構大変だったのですが、案の定前日に「室内履きがないから…」って言われた時に、水戸黄門の印籠のように「これが目に入らぬか!」と得意気にほくそ笑む👹嫁でございました。

デイサービスのスタッフさんはお願いすれば何でもやってくれる優しい人達だそうです。でも、家ではできることは自分で~が基本なので最初はアドバイスしたり…そしたら「この家はうるさい…」ですって。顔は( ´艸`)アハハ…と笑ってますが、コンニャロ👊って思ったり、👹嫁だって傷つくんです。ドン( ゚д゚)マイ! 

でも、見方を変えれば…週1回、何でもしてくれる優しいスタッフさんに囲まれて気分が良いなら、それもありか?…とも。それで週2回行きたくなったら…と考える鬼👹嫁でございます(笑)

LINE「既読」がパイプライン

木曜、母(実家の)が入院しました。
5月に私がアメリカに行く直前に体調を崩して、一気に足腰が衰えてしまいました。利尿剤が処方されたのでトイレ回数も増えてしまい、古い段差だらけの家を転ばないよう!気を付けて、暑い中ぼちぼちと散歩を続ける生活を送ってました。8月のお盆2日目に転んで倒れた場所に缶ビールが置いてあって、それに肋骨をぶつけて2本にヒビが入り、笑い過ぎに注意しながら(骨に響くらしい・笑)日柄で治るのを待っていたところでした。

骨折した1週間後にはデイサービスにも行って、やれることだけやってきた…と。それが自信になったのか?翌週は病院に診察・リハビリにも行ったと、元気そうな電話がかかってきて、よかった!と喜んでいたのですが、翌日入院に…。それもICUに入ったと聞いて、動揺してしまいました。
転んで肋骨を打った時に肺に傷がついてしまったよう…で、肺に溜まった水を抜いたらしい。ICUに入ったのは肺に与えたショックが気になるから…とのことだったみたい。

今はコロナでお見舞い不可なので、母へ届けた荷物の中に「LINEを見て!」のメモを入れてもらいました。昨日の朝に電話がかかってきて、ちょっとホッとしたところですが、肺が小さくなったせいだったのか?(今は戻りつつあるそう)声が出ないと苦しそうでした。

母のらくらくホンは、とても使いにくく、片目しか見えないので、文字を打つのもダメなので、一方通行。「既読」が付けば「読んだ」のがわかるんだけど、私とのやり取り画面を開きっ放しだと、読んでないのに「既読」になってしまう…読んだの?読んでないの?どっち?…なのです(笑)

今日、実家で昨年秋から飼い始めたコの写真を送ったんだけど…「既読」にならない
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時々布団にはいってくるらしい♡
写真を見て、少しは元気になれーーー!!!って思ってるのに、既読にならないので、私が具合悪くなりそう。。
(8月初め、見慣れぬ私を見て、「アンタ誰?」な顔してます)

㊳無事に帰国

ホテルから空港までも、Uberで。お金はPさんのカードから落ちるので、後日清算で最後まで迷惑かけてます。Uber…私のスマホでも可能だと一度トライしたらなんか変なのが出てきて、クレジットカードにも関係するし、小心者の私は「うわぁ😱⇒怖っ💀⇒やーめた」で、Pさんにおんぶにだっこ。アナログ人間でございまする。。


ジョン・F・ケネディ国際空港は結構遠かったです。道路も空いていたので飛ばす飛ばす💦
JALカウンターのスタッフの多くはアメリカ人なのでしょうが、動きや表情が日本人っぽくて、もぅそれだけでなんとなく安心する自分がおりました。前日の陰性結果を、《MySOS》というアプリに登録してますので、出国手続きも問題なくスムースでした。登録してなくてももちろん搭乗手続きはできますが、所要時間と精神的余裕が全然違うと思います。

私達が乗ったJAL8便は、ユナイテッドとマレーシアだったかな?のコードシェア便で、機内はほぼ満席でした。食事の時以外はマスクしてましたが、帰りの機内ではちょっと咳が出て、困りました。隣のマレーシア人?の女性、イヤだろうな…って思ったけれど、アイマスクしてヘッドホンもして熟睡してたのが救いでした。

成田に無事到着! 違いましたっ💦羽田でした(^^;
大学生っぽいスタッフが立っていて「あちらにお進みください」って案内してくれるんだけど、街灯と同じくらいいっぱい立ってる感じ?親切なようなばかにしてるような…私がひねくれてる?(笑) 「ああだったら…」「こうだったら…」と心配の先回りを親切と勘違いしてない?心配だなぁ、ニッポン🗾

入国前に唾液検査があります。直前に水分を摂ってはいけないそうですが、そんなこと知らないで飲んでる人がいるのでは?できる限り正確な検査が目的なら、そういうことを注意することに力と人を使うべきではなかろーか?と思いましたyo。
細い試験管みたいなのに線が引いてあって、そこに達するまで唾液を捻出?絞り出す?のです。がぁ!赤ちゃんと違って、大のオトナはよだれがそんなに出ないんですよぉ…(;´∀`)はぁ

病院の支払いを待ってるみたいに、電光掲示板に自分の番号が出たら結果を聞きに…。

晴れて入国OK!です。ただいまー!

ワクチンを3回接種してる人は、公共交通機関を使ってokです。
入国後3日間?アプリで連絡がくるので、返信して、問題ない事を伝えました。
お風呂にゆっくり入ったり、洗濯したり…、写真を見直して、ブログを書き始める用意をしたり…の3日間。
アプリ
COCOA以外が今回DLしたアプリです。お世話になりましたm(__)m
(COCOAは日本でコンサートチケットを買う時の必須アプリでした)


12日間、実質10日間のアメリカ旅行でしたが、記事は38回になりました。
メモに残すことによって、私のための【虎の巻】ができました。これで安心して地名や人名や歴史を忘れられます( ´艸`)アハハ
斜めに読んでも長く&しつこい記事に約3か月近くもおつきあい頂き、ありがとうございました。
また日常のちっちゃなこと、おもしろいことを探す日々に戻っております。

2022年5月 アメリカ旅行日記 =完=

㊲ブルックリンから眺めたマンハッタン

ニューヨークでの最後の食事は、ロックフェラーセンターで夜景を見ながら…を考えてくれていたのですが、コロナの影響でレストランが上の階ではなく、1階での営業となっていたのを気にしてくれ、「ブルックリンに行ってみたいですか?」…と。
⇒⇒夜のブルックリンにも行けることになりました♪ヽ(^。^)ノヤッター!! 

少し早めに出て、夕暮れ?サンセット?の景色も楽しむ予定でしたが、道路が予想外に混んでいて、目の前の公園を歩く時間がなくなってしまいました(>_<)

Uberは、先ず我々をホテルに迎えに来て、その後Pさんをピックアップ…方向的にそれがスムーズだったので。
この運転手さんの話す英語が聞き取りにくく、かつ、ちょっとした勘違いで、彼が混乱してしまいました。彼はアジア人で日本でも暮らしたことがあり、片言の日本語を話せましたが、残念ながら理解しあえるレベルではありませんでした。もしかしたら…と中国語で話しかけてみたら…「你們会説漢語?」となり、問題解決。家族の話やすっかりアメリカナイズされてしまった息子の話までしてくれました。途中から早口でよくわからなかったけどね(^^;笑

この日は土曜だったので、レストランの予約も大変だったようで、20:30から食事となりました。姪っ子さんが結婚式をあげたというホテルブルックリンのレストランは、「お料理を300㌦以上オーダーしなくてはダメ」という金額的な下限があったらしく、Pさんが遠慮されちゃったみたいでした。
で、ホテル内のラウンジ?bar?を予約してくれました。興奮状態で着席した20:40の夜景📷パチリ
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「見て~♪」と言いたくなる煌めきです。
この時間、お店は怖気づくほど、尻込みしてしまうほど、大盛り上がり…♪
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20:57に📷パチリ
今気付きました、夜景に舞い上がって食事の写真忘れてます💦 和牛のお料理が売切れで頼んだチキンがめちゃくちゃ美味しかったことは覚えてますが、他は忘れました。ビールで乾杯🍻そのあとにカクテル🍸も~♪

店内はボリュームmaxで音楽が流れていて、途中からライブDJによるキュキュッ♪な音楽も楽しめましたが、残念ながら話せる状況ではありませんでした(^^;
私の席からはきれいな女性4人に囲まれてご機嫌な男性がやたら目に入りまして…テレビ関係者だったみたいです。今日卒業しました?なハイテンションな若者グループもいて、店内は大盛り上がり。少々…いや、かなり場違いな3人で、コロナだいじょうぶ?と心配にもなる状況でしたが、PCR検査の陰性結果をゲットしてるので、気持ち的には妙な余裕が…( ´艸`)

帰りがけにトイレに寄ったのですが、ビックリ仰天👀💦 男女に分かれていませんでした。これがジェンダー平等?いやぁ、これには正直参りましたが、当事者は毎回こんな思いをしてる?…の気付きも。
慌て過ぎてどういう作りだったか?は、覚えてないですが、これじゃあ、日本語の意味のレストルームにはならないですけどね(^^;

ホテル1階に降りて…多分トイレに行きました。
ホテルの前は公園になっていて、夕暮れ時?(夜8時過ぎだけど)には写真を撮れませんでしたが、ガラス無しのマンハッタンの夜景を撮りに…いざ! Pさんは👠だったので、ソファで休憩。
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22:38📷パチリ
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ブルックリン橋とマンハッタン…夢のような饗宴でした♡

お店は賑やかで、今回の旅行を思い起こしてゆったりと話せる状態ではなかったけれど、Pさんとこれからも変わらぬおつきあいを願いつつ、余韻を残して翌日帰国です。

㊱モルガン美術館

ニューヨークからワシントンへ移動する時、お金持ちらしき3人の女性と電車で会った話をしましたが、その時の彼女達の目的が「図書館への寄付」の説明会に参加することでした。
モルガンってモルガンスタンレー証券のモルガンだよね?ってことで、そこへ行ってみようとなりました。

移動は「自分の脚」でございます。NYは碁盤の目のようだったので、タテの通りとヨコのストリートが わかれば、なんとか行けるっしょ!で探すのですが、全ての建物が角に建っているハズもなく…ちょっと奥まっているとやはり見逃すのですよねー。でも、勘と脚でなんとか辿り着けました。

入口の写真は撮り忘れました(^^;

入場料を払い、先ず《モルガン氏個人の部屋》へ
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赤いお部屋…w( ̄o ̄)w
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デスクや椅子の装飾をアップして…
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彫刻だったり象嵌だったり刻印だったり…w( ̄o ̄)w

《ライブラリー》にはこの入口から入ります。
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w( ̄o ̄)w もう「うわぁぁぁ~」しか出てこなかったです。
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左上から…スタヴロ・トリプティク、印刷された本、暖炉、絨毯
※スタブロ・トリプティクとは…スタブロは現在のベルギー、トリプティクはキリスト教美術で蝶番で留められた祭壇用聖画像だそう

もう1つの部屋は何だろう?と思ったら《司書の部屋》でした。
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どんな方が、どんな服装で働いていたのだろう?妄想は膨らみます。


ロビーと言うのでしょうか?
広くはないですが、ココから上記3つの部屋に分かれて入ります(3つの部屋は独立した造りです)
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上を見上げると…
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プライベートの図書室…まいりましたm(__)m
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圧倒されて天井見てます、手も足もきれいに揃えて…お行儀良いです💮笑


久しぶりのメモ…【モルガンにまつわるお話】
John Pierpont Morgan(ジョン・ピアモント・モルガン 1837/4/17~1913/3/31)は、アメリカの5大財閥の1つであるモルガン財閥の創始者です。ロンドンで父が興したJ・S・モルガン・アンド・カンパニーを受け継ぎ、19世紀末には世界最大の銀行家となりました。その豊富な資金力を活かして、多くの鉄道を経営・統合し、USスチールも設立し、19世紀末にアメリカ最大の財閥の1つとなり、海運・電力・通信事業にも進出しました。巨大な芸術品のコレクションをNYメトロポリタン美術館にも遺贈しています。

今回訪れた《モルガン・ライブラリー》は、1906年にJ.P.モルガンの書物と絵画の個人コレクションを集めた図書館として設立されましたが、1924年に息子のJ.P.モルガンJr.が公共法人化し、美術館として一般に公開されているのだそうです。

司書の部屋には、古代の中東の《円筒印章》が多く収蔵・展示されていました。円筒印章は小さな円筒に絵や文字が刻まれています。所有者を示したり、手紙や契約文書の主体を示すため、書簡や容器を封じるための紐を粘土で覆い、その粘土に《円筒印章》を押し付けて転がすという方法で用いられたそうです。
=以上、Wikipediaより抜粋しました=

円筒印章とは…
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封蝋、封泥、封緘印…などと同様、「まだ誰も開けてないよぉ」を伝えたのでしょう。
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印鑑みたいな石に模様を掘り、それを粘土に押し付けて転がすと凹凸ができます。現物の下には見やすいように拡大したものが展示されてました。


【おまけ】
東京の駒込にも《東洋文庫》という三菱系列の図書館があります。規模は全然違いますが、庭を眺めながらお茶は気持ちよかったですよぉ(^^♪ HP 👈載せておきます

㉟PCR検査を受け、晴れて帰国の運びに…

アメリカ旅行記に戻ります(^^; あと少しですのでどうぞお付き合い下さいマセ~。

ワシントンでは電車に乗り遅れましたが、2時間後の電車になんとか乗れて、ニューヨークのペンステーションに到着したのは夜10時。夜の駅で車を探すのはとても大変なことでした。タクシーは吹っ掛けて来るし、Uberに自分達の居場所を伝えるのもとても大変です…などと言ってますが、私はなんにもしておりません(^^; Uberの運転手も、なんとか稼ごうと支払いの金額にチップのような金額を乗せてと交渉してきます。Pさんが対応してくれるので、私達は待ってるだけなのですが、この「わぁ~~~っ」と迫ってくる感じは苦手だわぁ(>_<) ドライバーさんが必死の形相なのでちょっと怖かったです。

ただいまー。なんとかレキシントンホテルに戻ってきました…(^^)ホッ。
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今回は自力でチェックインです。「KONBANWA~♪」と、明るい少々調子の良い男性スタッフが対応してくれましたが、きっちりと!部屋は前回より狭くなってましたぁ(>_<) でも、今回は20㌦クーポンをもらったので、1階ラウンジ(朝食会場でもあるけど)で、ビールを飲んで、電車に乗り遅れた疲れを労いました。20㌦超えると、またサインとかチップとか面倒なんで、一番簡単にビールを2杯オーダー。
12時過ぎちゃって、もうヘトヘトだしネムイし…お風呂に入って寝よ!となりましたが、設備は新しいけど、お風呂面積が狭いのがね…(>_<) ホテル規模も大きくなく、日本人が少ない(…のは当然か?5月の話だからね)のも、ちょっとくすぐられる要因だったかも。古い歴史あるホテルなんだから、お風呂の狭さはしかたあるまい!

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

翌日は8:30迎えのUberに乗ってマンハッタンのクリニックへ…。PCR検査です。
メディカルアーツ
受付の女の子はこの前のコではないことはわかってましたが、まぁ早口!それもインド訛りで何を言ってるのかわからない┐(´-`)┌ 聞き直しても全く同じ速さと訛りでチンプンカンプン…Pさんはいない…2人で顔を見合わせていたら…そばにいたアメリカ人の男性が日本語に訳してくれました。日本に住んでいたことがあるのだと…。ありがたかったです。

成田での鼻ぐりぐり検査が結構痛かったので覚悟してましたが、ココでは入口を撫でてる?くらいのソフトさで、5秒くらいで終了~🔔で、2人で450㌦(約6万円)…高過ぎやしませんかぁ?(>_<)
R_PCR検査←成田では、かなり奥をぐりぐりと…これが地味に痛かった(>_<)
検査結果が出るまで40分~50分待って、証明書を発行してもらう流れです。
病院の待合室でずっと待っているのも落ち着かないので、「近くにスーパーマーケットありますか?」と英会話本に載ってる例文を言ってみましたら…速攻で「I don’t know」って返ってきた。フリでもいいから考えてる【間】が欲しかったよぉ(>_<)

待っている間に日本人母娘の2人がやってきました。昔、駐在されてたかな?な雰囲気のお母さんと、お嬢さんの2人連れで、ニューヨーク大学を卒業される息子さんの卒業式にいらしたそう…。ちょっと言葉を交わしてるところに、Pさん登場。証明書に不備がないか?を確認してもらいました。ハンコが切れて読めないと、押し直し…「I don’t know」の倍返しだ!←ニンゲンちっちゃいねー(^^ゞアハハ

この後に感染しても、日本に帰れる保証はされたぁ!と大喜びしたのを覚えてます。
万が一感染して隔離されてもPさんがいる!と心のどこかで頼りにしていたのですが、Pさんは数日後にニューヨークを離れロスアンゼルスに移動すると聞いて、😱ウッソー!ってなっていたのです。最終的にはなんとかなるとは思っていたけれど、不安が減れば残り時間も楽しい♪

Pさんとは、この日の夜にお礼を兼ねた夕食の予定です。どこかステキなお店もしくは(ご本人が)行ってみたいお店を予約してもらえませんか?とお願いしてありました。8時30分しか予約が取れませんでしたが、それまでは私達は自由行動です。

うなぎを食べてもうひと踏ん張り

どようのうしのひ…と聞いて、土曜の牛の日と脳内変換してました(^^ゞ
ウシってうなぎのことなの?と不思議に思いながらも、長い間「土曜日にうなぎを食べよう!」という宣伝文句だと思ってました。思い込みって恐ろしい😱 土用の丑の日のこと、いまだによくわかっていませんが、うなぎを食べに行ってきました。

夫のワクチン接種前に、栄養を付けた方がいいような気がして、ステーキを食べようとお店も選んでありました。が、直前になって「ステーキよりうなぎが食べたい」と言うので、うなぎに変更。櫻井・有吉のTHE夜会で、みちょぱが浜松のうなぎを差し入れ…それを見たらもぅ!うなぎがモーレツに食べたくなったのだとか…。「た~んじゅん」と笑ってましたが、実は私の口も、みちょぱの差し入れによって、うなぎモードにスイッチが入っておりました。凸ON!

お店に着いたのは11:20。満席で入れず…平日なのに…です。(@_@)ビックリ! 30分位待ってようやく入れましたが、久しぶりの焼立てのうなぎはと~っても!美味しかったです。
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わかな@関内 のうなぎはもちろん美味しいのですが、ご飯もとても美味しく、盛りがいいのですが完食しちゃえます。この日は朝が遅かったので、ちょっと苦しく、夫に助けてもらいましたが、プレゼントしたのはうなぎ無しのご飯だけ~笑

うなぎをアップしてみましたぁ!(^^)!
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写真を見ていたらまた食べたくなってきました。10月のうなぎが美味しいと教えて頂いたのですが、それまで待てそうにない(^^;

次回からニューヨークに戻りますが、丁寧な(←自分で言う?いえ、自分しか言えないのですワ💦)しつこいアメリカ旅行記も最終章に…。もうしばらくお付き合いくださいマセm(__)m

空は青いけど

今年もグリーンカーテンにはならなかった…けど、ゴーヤの実はなんとか育ちました。
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スケスケな葉っぱの間から青空が~♪

百日紅の花が満開だったので📷パチリ
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濃いピンクが青空に映えます。

実家の母のこと…母にとっては姉のような存在だった伯母が3月に亡くなって、新盆にお線香をあげようと、靴を脱いで上に上がろうとした時バランスを崩して倒れた場所に運悪く缶ビールが置いてあって、その上に倒れて肋骨2本にひびが…。私がそれを知ったのは3日後で、それも従兄からのメール。以前背骨を圧迫骨折した時は、私には知らせなくていいと言ったらしく、結局その時も親戚からの電話で知りました。その時は母もまだ元気だったので「病気やケガのことは話して」と言うのに留めたけど、今回は前回より歳をとっている、同じではない。

8月初め伯父の葬儀で実家に帰った時、痩せてヨロヨロと動きが鈍くなった母に驚きました。4月は4階まで階段を上がれたのに…。5月に体調を崩した時に1か月間動けない時間があって、一気に痩せて筋肉が落ちたと言ってました。

弟に電話しても通じないし、実家に電話しても誰も出ない。LINEも既読にならないし、親戚に電話する?って思っても、その家でケガしたからしにくいし…。しばらく待ってからかけ直したらやっと繋がって、義妹の家にいました。お盆のいつもの流れだからそれはいいんだけど、こんな時くらい、挨拶だけしてアナタだけ先に帰ったら?な気持ちが湧いてきた(←気持ち上の話です) だって…「今日は〇〇病院に行ってるんじゃないかな?」ってのんきに言うんだもの。ケガしてる時くらい手伝ってあげなさいよ!って言いたかったけど、近くにいた夫に顔でたしなめられたので、思いとどまって、「お母さんのこと、お願いね」で切りました。弟に対し、オマエさんはどこに気を遣ってるんだ⁉って気持ちがあるものだから、私のイライラが募ってます💢💢ムカムカ

以上、昨日書きました。母の充電切れのスマホにやっと繋がり、のんきな声を聞いたら、私のイライラまでアホらしくなってしまった。従兄から連絡がきたのも、彼が「俺から連絡してもいい?」って聞いたかららしい。なぁんだ、そういうことだったのね…と、のんきさが更に加わり、話してるうちに母の笑い声も聞こえてきたので、調子こいて笑いを取りにいったら、「痛いから笑わせないで」だって。
ココに書いて一晩寝かせたので、暴言は少しだけ削りましたyo( ´艸`)フフ

迷惑かけたり何か言われるよりも痛くても自分で頑張った方が楽なんだろうな。
…と、こんな考えをする私の心、昨日は黒く渦巻いてしまった。あー、ヤダヤダ┐(´-`)┌ 私にも青空を~

蓮の実ってこんなことになってます

蓮の実をもらいました。
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実を引っ張り出します
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この部分って、蓮の花の中心部ですよね?中はこんな仕組みになっているんですね。痩せているコは中が空洞。
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花を見ていると、いつの間にこんな大きく?って思います。

そしてここまで大きくなり、乾燥すると食べられるのか?…なんて疑問も。
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頂いた蓮の実は生でも食べられますが、せっかくなので蓮の実ご飯も作ってみました。
蓮の実が30個位あれば、2合のご飯が炊けるとネットに書いてありましたので。

とっても美味しかったです!(^^)! 銀杏で作ってもこんな感じになりそう…💡
写真は?
またやってしまいました💦 撮るのを忘れて食べてしまいました。゚(゚´Д`゚)゚。

8月16日は送り火を焚いてお盆明けの日…

保存食のパンをオープン

消費期限が切れたので開けました。←期限が切れる前に食べましょう!ですか?(^^ゞ

パンの缶詰です
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ブルーベリー味とオレンジ味

災害列島の日本、いつ何が起こるのかわからない時代になってきたので、試しに買ってありました。
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37ヶ月の長期保存ができるのですが、ようやく食べる時がきました。3年前のパンと聞くとちょっと響きが怖いですが、味は劣化してる感じはしませんでした。
【NASAが認めた安心品質】とも書いてありました!← うまいことNASAにも繋がりました(^。^)

そういえば…昔は、賞味期限が切れる頃に備蓄用《乾パン》が会社で配られたりしましたが、今もあるのでしょうか?
乾パン←写真お借りしました。
皆で残業のお供に食べたりしてましたっけ。。味も嫌いじゃなかったな。

8月になると原爆・戦争の番組が突然増えて(…ってワケではないでしょうが)放送されますよね。12日放送された《あちこちのすずさん》は、アニメと併用だったので、集中して見ていたわけではないですが見続けられました。ブロ友さんの記事に長崎の原爆のことが記されていました。長崎は、広島と違って実はあまり映像とか見てなかったことを気付かせてもらいました。
ウクライナの闘いも終わらない。台湾周辺では演習を常態化して圧力をかけたり…。戦争が過去のこととして片付けられない時代が再び近づいてきているようで…何やらきな臭い。
今日8月15日は終戦の日。戦争のための備蓄は避けたい。

JAXAのお土産

「これお土産~♪」って手渡されたのが
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JAXAの宇宙アイス。
つくばで研修を受けていた姪が、JAXAに行ったから…って。
私が「宇宙アイスが買えなかったぁ…」と、ガッカリしてたからって、買ってきてくれました。

私が食べたのは30年位前のNASAのお土産で頂いた宇宙アイスで、こんな感じだった気がします。
宇宙アイス←パッケージは覚えてないけど、3色アイスだったような…

私の舌は昔の味を覚えてる? 果たして味の比較できるのか?
20220720-4.jpgチョコレートケーキ 20220720-3.jpgバニラアイス
今食べるとビミョ~な味だわぁ(^^;

30年前「冷たくないのにアイスクリームの味だ!」と興奮した私。確かにこんな味だった気がするけど、フリーズドライがまだ一般的ではなかったから、その技術にも感動したのかも?…ってことにしておこう。思い出はあんまり掘り下げない方がいいことも。。(-_-)zzz

もう1つ追加情報…どーもこの宇宙アイスなるものは、宇宙には持っていかれなかったみたいです。「ええっ、そうなの?」ですよね。宇宙船に冷蔵庫が付いたので、本物のアイスが食べられたようですyo!(Wikipediaより) 
知らずにロマンのままにしておけばよかったような気もするけど、それ以上に姪の気持ちが嬉しかったので、宇宙アイストリビアってことで(^^♪

そうそう!《スペースアイスクリーム》648円(税込)…ネットで買えまーす。

今日はお盆の入り

今日はお盆の入り…蓮の写真を載せる?って思いつきました(←たまたまって話も…笑)

7月末に三渓園の蓮を見に行きました。姉も行きたい!というので、迎えに来てもらって(←いつも大変なのは義姉の方・笑)、義父も一緒に出掛けました。車椅子もあるからと義母も誘いましたが、行く気はゼロもゼロ!ナッシングでした(笑)
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駐車場に確実に停められるよう、早めに出発しよう! キビキビと動けるよう、気を利かせて「こちらは準備OK」とLINEして、姉から返信が来て自宅で待機してました。実はそのLINEに返信した後、姉はスマホをテーブルに置いてきてしまい、義父と夫と私の3人を降ろしてから自宅にスマホを取りに戻り…と思ったら、すぐに戻ってきて「続々と車が来て、取りに帰っていたら満車になりそうだったから諦めた…」と。ごめん(。-人-。) でした。

今年は早朝に行こうと開園時間を目指しました(以前は6時オープンだったのですが、今年は7時…) 開園前から行列ができていて、楽しみにしてる方の多さにビックリ!でした。

蓮の写真を載せる…などといっちょまえのこと書きましたが、三重塔と蓮の写真を撮りたいと思ってました。が、看板が写ったり、人が写ったり、蓮の背が高くて、花があまり見えなくて難儀しました(>_<) ←言い訳です(^^;
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身長か自撮り棒が欲しいな…
池の水を抜いてザリガニ駆除し、整備したら、肥料の効きもよくて蓮が育ってしまったのだとか…笑

ぐるっと回って反対側から📷パチリ
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やっと蓮を近くで見れましたが、方向的に三重塔とのショットは厳しいなぁ…でした。

おまけ。
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毎年《E.T. 》だ!って思うのよねー、それもあの声付きで
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2年前に撮った写真です。

この期間だけ提供される朝食を食べたかったのですが、そもそも数が少なく、義父は脊柱管狭窄症で長く歩くのが厳しい…けど、車椅子には乗らないタイプ。茶店の朝食は断念しよう。。 こんなこともあろうかと、お煎餅とお茶を持ってきていたので、藤棚の下に座り、鯉や亀の動きを見ながら3人で30~40分過ごしたかも…。心地良い朝の風は、なんとも気持ちの良く…。姉は日を改めて、お友達と、スマホを持って出掛けたそう。朝食も売り切れ前に食べることができ、その後再び藤棚の下で風に吹かれながらお喋りしたんだって。あの風に吹かれながらのまったり時間はクセになる。

今年は柔らかい蓮の実も食べることができました!って、忘れないよう書いとかなきゃ。
荷物は増やしたくない…けど、《自撮り棒》って便利かも…と思った観蓮会でした。

台風8号さん、線状降水帯とか言ってないで、どうか!どうぞ!!おとなしく抜けていって下さい(。-人-。) 

2022年8月 3年ぶりの花火

「8月2日の夜、空いてる?」
8月手帳
一応考えるフリをしてみても、夜に予定が入っているなんてほぼゼロ!(>_<)

全国各地で3年ぶりにイベントが復活していて、喜びが伝わってきます。がまんガマンの日々でしたものね。。
私のブログもお盆らしく?
横浜では《みなとみらいスマートフェスティバル2022》が…。
お孫さんに見せてあげたくて、本番の5~6日前のギリギリのタイミング迄待って、4人テーブル席のチケットを購入。が、肝心のお孫さんのコロナ感染が判明したのがチケット購入の翌日…(´Д`*)アチャー 無駄にするのも…と、夫に声がかかりました。急な話だったので、私にもお鉢が回ってきました…ヽ(^。^)ノ花火大好き♡
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テーブル1つに椅子4つセットのみ販売で、38000円。そう!一人9500円の席でした(@_@)ヒョ‐💦 シートを広げて座る有料エリア(ハンマーヘッドではないけど)があるのは知ってましたが、椅子席でテーブル付…今どきの花火ってこんなことに?💦
みなとみらいの花火は休みなく一気に2万発を打ち上げるので、時間にすると25分、わぁ~~~っ✨と一気に盛り上がって終わるんだそう(前回はごちゃごちゃした中で見たので、気が付いてなかったです)
25分に20000発…シーンが変わる時に何秒か間が空いたので、1分間に1000発弱のペース?←それがどーした?ですけど(^^;

こんな優雅な花火観覧は初めて。スペースがゆったりしてましたし、座っているから背の高さも関係なくよく見える。外だから適度に風も吹いていて…持ち込んだビールに焼き鳥やつまみを食べながらこんな景色を眺めながら花火が上がるのを待ちました。
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👇ちょっと見にくいけど、世界最大の時計型大観覧車《コスモクロック21》の時計は19:06。あと24分後に打ち上げです。
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始まりましたヽ(^。^)ノ
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言葉は要らないですね…
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この2枚👆は、ビデオをスクショ。
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キター――――ッ!
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フィナーレはやっぱり白い花火よねー!
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右端に写るインターコンチネンタルホテルpier8のお部屋から眺めてる、更に優雅な方々も…

みなとみらいの花火を初めて見に出掛けたのは2015年。実は以前住んでいたマンションからは花火が見えたのですが、やはり近くで見てみたい!海面近く(=下の方)だって見たい!ズンとくる音だって聞きたい!!と出掛けたら、イモ洗い状態…(>_<) そのうえ、JR線の事故で電車がstopして、散々な目に遭いました。7歳若かったから歩けたけど、コロナで足腰も弱った今だったら…考えたくないです(>_<)

おじさま達は往きのタクシーの中で既に「帰りもタクシーで帰ろう!」と言ってて、この人混みを歩くのは我々もイヤだったので、「そうしましょう!」で話はまとまってました。タクシーの運転手さんも「だいじょうぶ、拾えますよ、もし拾えなかったら電話ください」って名刺くれてました。タクシーをよく利用されてるSさんは、taxiアプリもバッチリ👌

現実は予想と違う。予定は未定…でした(>_<)
タクシーが走ってない方向に歩くハメになってしまっただけでなく、避けたかった若者の波の中に入ってしまいました😱 完全に戦略ミスです。ハンマーヘッドの出口を左に曲がるつもりでいたのに、右へ行くように言われたおじ様達が右に向かって歩き始めてて…「えーっ、そっち?」と思ったけど、逆流することはできませんでした。歩きながら電話できる状態じゃなかったし、あの時あのエリアは電波がおかしいことになってた気がします。

せっかくのお高い予約席からの景色をもうちょっと楽しみたかったけど、「すぐに出ると混雑してませんか?」も言えなかった…。おじ様達は終わった途端に立ち上がって帰る準備OK!状態でした(^^; 早く出ないとtaxiが拾えないって思ってたのでしょうね…きっと。

今回の席は、小さなお子様連れや年配者や足の悪い方には便利そう…だけどもうちょっと安く…ならんですかね?
チケットに「荒天の場合は中止。中止の場合は払戻不可」って書いてありました。えええっ?😱です。怖くて早めには買えません(・。・;
誘って下さった方には「今回のお誘いは、ありがとうございますと言ってよいのかわかりませんが…」と恐縮しながらも、マスクせず椅子に座って花火に拍手(歓声はちっちゃく?笑)…こんなにステキな刺激的な時間を過ごせたことに感謝です。
花火の色が複雑化していて、パステルというか和の色使いも美しく、3年分の感無量な思いもこみ上げてきました。来年も見られますよう!…できれば座って?(^_-)-☆



☆彡☆彡 花火の途中に弟から電話が来ました…後でかけ直そうって思いながらも、なんとなく出てしまったら…伯父の訃報でした。お通夜・告別式まで時間がありました。ちょっと危険なエリアを歩いてしまったので、翌日と翌々日は家でおとなしく「カラダに変化はないか?」と過ごし、だいじょうぶだったので、お別れに行ってきました。8月のお盆は人が動くので避けようと思っていたので、気になっていた母の様子も見れたし、3年ぶりに仲のいい従姉の母親(=伯母)ともちょっと話せて、これも伯父さんの計らい?と感謝しながら帰ってきました ☆彡☆彡

㉞Union Station を走りましたぁ…

スリリングな展開の始まりです。。

私達が乗る列車は16:50発のアムトラック。最悪でも図書館を16:05には出ないと遅れると言ってたのに16:10になってもまだ図書館の奥の奥にいるでないの💦 長い通路を走り、何度か曲がって、なんとか外に出られてよかったけど本当にヤバイ時間💦 追い打ちをかけるように、Uberに住所が入れられないというハプニング💦 図書館スタッフの助けを借りなんとか入力でき、車に乗り込み、ホテルに戻って荷物をピックアップして駅に向かう流れです。荷物は夫と私がピックアップしたのですが、番号札を渡して、先に出てきた私のリュックとPさんのスーツケースを夫が受け取り、後から出てきた夫のリュックを私が受け取って…と思ったら、リュックに付いているはずの番号札が切れて失くなっているでないの!(@_@)ひゃあ~~~っ💦💦

スタッフ「このリュックで間違いないですか?」
私「はい、このリュックで間違いないです」
スタッフ「証明できなければ渡せません」「中に何が入っているか言って下さい」
私「チェックのシャツ」
スタッフ「何色と何色?」
私「アレッ、何色のシャツが入ってた?…💦💦」
  そうだ!と思い出して、「ネームカードが入ってる」「〇〇の△ベえ」←をアルファベットで
スタッフ「ありました!ありました!!ソーリー」だって。

私達は16:50の電車に乗るのよぉ~~~~!💢~💦💦
走る3

駅に向かう車の中で、「Pさんが先頭で走って下さい、私達は駅の仕組みがわからない。荷物は運ぶから安心して下さい」と言ったら、「え~っ、私が先頭で走るの?」と明らかに無理~!(>_<)な顔。
Union Stationに着いたのは16:38だったと思います…走りましたよぉ、ワタシが。他にいないもんね。夫は自分のリュックを背負い、Pさんのスーツケースを押してる?引っ張ってる?状態で走ってる。その後ろをPさん歩いてる(…っていうか、走れない感じ・笑)

どこに向かって走ればいいのぉ~~~~!💦💦
走る2
チケットカウンターのスタッフにチケットを見せて「ニューヨーク行きのアムトラックは何番ホーム?」と聞いてもなんだか要領を得なかったところに(…今思うと、何言ってんだかわからなかったんだな・笑)、Pさんが追いついた💦

電光掲示板に「あっ、F18だ!(18Fだったかも…)」を発見👀←でも、Fってナニ?💦💦

やっと理解して、その扉を開けて中に入ったら、電車が停まってました。発車の3分前ヽ(^。^)ノ
で、電車に乗ろうと更なる扉を開けホームに出ようとしたら、その扉の前に立ちはだかるオンナが…「ここから先は入れません」…と。私達以外にも遅れた人が2人いて、チケットも見せ「3分前なのに、ナゼ乗せないの?」と正論の問い。「3回コールしたのに、あなた達はその場にいなかった。その上、扉(第一の)も勝手に開けて入ってきた。乗せません(*`^´)=3」

「はぁ?💢」ですよね。
まだ電車が停まっていて、間に合うのに乗せないってナニ?💢 3人が英語でまくし立てても、聞く耳もたずのイシアタマヤローでした💢(女性ですが) ちょっと忘れてたのに、思い出したらまた腹が立ってきた。 こんな時「プリーズ」しか浮かばなかった自分が情けなく、腹が立ちましたよぉ(笑)

結局、ホームから離れていく、私達が乗るはずだった列車を見送ったのですが、そこからのPさんの動きが早かった。チケット売り場のお姉さんと言葉を交わしたのも役に立ちました…「あなた達は間に合っていた」と証明され、普通車がソールドアウトだったらしいのですが、いわゆるグリーン車のチケットを普通車としてゲットしてくれたみたい。説明を受けたけど、システムがよくわからなかったので、多分…ですが。

私達以外に乗れなかった2人のうち1人は、グリーンの指定席(300㌦)を取っていたらしい。もう1人は英語圏ではない学生さんのようで、電車に慣れてなくて、早い時間から待っていたのに、あのオンナの言葉をキャッチできなかったみたいで(私の想像と恨みが入っているので、これも多分)本当に可哀そうでした。 「クレイジー💢」…と捨て台詞吐き、あのオンナに背を向けました。
(汚い言葉ですみません、女性と言いたいところですが、怒りを表すには足りないので、敢えてオンナと言わせもらいます)

恨みつらみのF扉
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このピンクの扉を勝手に開けたと怒られましたが、扉ってのは開けたり閉めたりするものなのだ💢💢

ニューヨークに着いたらラーメンを食べたい!という、Pさんのささやかな夢も叶わず、ワシントン駅で2時間待つことに…。

毒を吐きましたが、図書館を早く出ていたら…、Uberを呼ぶのに手間取らなければ…、ホテルの荷物の番号札が外れていなかったら…と、タラ・レバが重なったのは誰のせいでもなく、自分達が悪かったのですが、停まってる列車を見てしまったものだから…それは…あの…その…なのですワ(^^;

ボストンのダンキンドーナッツのトイレに頑として入れてもらえなかったことに続き、乗る権利がある目の前に停まっている列車に乗せてもらえなかった理不尽さには更に腹が立ちました。職務に忠実というより、意地になってたんちゃう?あれは。
泣いても(泣いてませんが…)、わめいても(わめけませんでした、英語では…)、電車は行っちゃったし、2時間後の列車では3人の席は並んでないので、お弁当を買って早めの夕食を食べようとなりました。

今回はダメだな、乗り遅れるだろうな…と覚悟はしてました。満席に近い状態の中、チケットが買えただけマシだとも思ったので、私も切り替えは早かったです。それに翌日はPCR検査だから、這ってでも(這ってたら間に合いませんが…)ニューヨークに戻らなくちゃならないのです。

夕飯は駅弁のようなモノを買いましたが、もう疲れちゃって、ぱっぱらぱぁ状態で、何食べたっけ?…で、思い出せません。

でも、乗れなかったお陰で、1つだけ良いことが…
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NYで買えなかった、ユニクロのTシャツをワシントンのUnion Stationでゲット~👍それも溜まりに溜まった小銭を使って(*^^)v


★もうすぐお盆ですので、ニューヨークに戻ってからの記事はまた…

㉝スリリングな議会図書館でした

自然史博物館を見た後に、ちょっとだけでも図書館が見たい!という希望を叶えるべく、アメリカ議会図書館へGO!
アメリカ議会図書館は3つに分かれていますが、私達が行ったのはその中で中心的存在の《トーマス・ジェファーソン館》1800年に創立されましたが、現在の図書館は1897年11月1日開館で、1984~1997年に建設当初の姿への復元修復作業が行われました。
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斜めからこの迫力です。空から見ると…このド迫力です👉画像(日銀みたいです)
荷物のチェックはどこの図書館でも行われますが、リュックは厳しかった気がします。

入口からここまでどうやって行ったのか?…忘れました(^^;
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急いでいたのもありますが、この雰囲気や色合いがあまり好みでなく、閲覧室を早く見たくて、ここのゴージャスな天井を見なかったようです。日本語の説明を読んだ今頃になって、もう少しちゃんと見ておけばよかった…と思ってます。

この後、階段もあったけど、エレベーターで上に上がった気がします。
閲覧室というのか机がある場所は利用する人のみ入れますが、見学は上の階からになります。3階から見たと思ってましたが、2階の表記…でもグランドフロアがあったので、英国式表示だったみたい。そうなると3階ってことになりますが、今となっては確認できませんが、どうみても3階?笑
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w(゚o゚)wワァ!
吹き抜けのドーム型の天井までは49mあるそうです。ちょっと待って、天井がドーム型とはいえ2階で49m?3階だとしても1階が15m以上ある計算に。我家は2階建てだけど、10mも無いんじゃないかな?(←比べてどーする…笑)
透明パネルが張り巡らされていたので、チビなワタシには真下が写せませんでした。

柱の辺りをアップ
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柱は8本で、柱と柱の間には銅像が…。我々観光客はこの階から眺めてます。

欄干の上に立つ銅像は、8つの知識分野に生涯貢献した16人。
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どの像が誰なのかわかりませんが、宗教:モーゼと聖ポール 商業:ロバート・フルトンとコロンブス 歴史:エドワード・ギボンとヘロドトス 芸術:ベートーベンとミケランジェロ 哲学:フランシス・ベーコンとプラトー :ホーマーとシェイクスピア 法律:ジェームス・ケントとソロン 科学:ジョセフ・ヘンリーとアイザック・ニュートン と、パンフレットに書かれていたのを、今読みました(^^;

この日はニューヨークへ戻る日でしたので、一目でも見ることができればいいや…な軽い気持ちで、滞在時間は30分位を想定してましたが、閲覧室へはオンラインで手続きをすれば入れることがわかり、チラッとでもいいから入ってみようという流れに…。モシモ‐シ、時間に余裕がなかったんじゃなかったのですかぁ?計画立ててるようで、時間も気にせず動いてるし、今思うと…行き当たりばったりの旅行してますね(^^;

ここで入室の手続きをするのかな?
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いえいえ…、手続きは入口に近い暗く地味なカウンターで行われました。

待っててねー!これから数分後に入りますよぉ(^^)/…と。
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この扉の中が閲覧室ですが、入室できるのはこの真反対あたりの奥の入口からのみ。


なんとか手続きを済ませて、奥へズンズンと…。自力で戻れるかなぁ?と不安になるほど奥に進みました。到着した場所では入室待ちの列ができていて、短時間での入室が無理なことは一目瞭然でした。ココまで自力(自分のスマホ使ったけど、他力だったワ💦)で来れたことに満足して、戻ろうとした時、Pさんが事務室に入っていき、多分司書だと思われる方に質問とある依頼を…(これも説明が難し過ぎて割愛しますが)

空から写した全体像の写真を見て、「あの奥まで歩いたんだ」ことがわかって、無謀なことをしたものだとしみじみ思いました。知らないって怖いわぁ~(^^;

㉜ブルーダイヤモンド

「170カラットのピンク・ダイヤモンド発見」のネットニュースを読み、「3倍以上…負けた…」(>_<)

いやいや…ピンクだから関係ないワ(*^^*) 今日はブルーの話ですから。
ワシントンの国立自然史博物館には世界一のものがあります。
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《Hope Diamond 45.52カラット》

タテ:25.60mm ヨコ:21.78mm 厚み:12.00mm の♦ブルー・ダイヤモンド♦
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綺麗に撮れてませんね…(^^; もう少し斜めから撮ればブルーが出たのかな?

過去300年で最大の170カラットのピンク・ダイヤモンドが発見されたことで、サイズ感がしぼんでしまったことは残念ですけど、ブルーも元々は100カラット以上だったらしく、現在の45.52カラットは何度かカットされた後です。

アクアマリンも展示されてました。
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《Dom Pedro Aquamarine 10,363カラット》高さ:36㎝ 幅:10㎝(元は1m近い高さがあり、45㎏の重さだったようです)
1万超えのカラット(@_@)…オベリスク型で美しかったです✨こちらも世界最大。


最初の写真のブルー・ダイヤモンドには呪いの話があるそうです。。
ホープ・ダイヤモンドを所有した人達が数々の不幸に見舞われたという伝説が残されています。
物語の始まりはインドのヒンドゥー教寺院からだと言われています。ある日、女神シータ像の目に嵌められていたブルー・ダイヤモンドが何者かによって盗まれました。そのため、寺院の僧侶がブルー・ダイヤモンドに呪いをかけたというのです。その後、1660年にフランス人宝石商のタベルニエの手に渡り、ルイ14世へと売却。ルイ14世は、国家の財政破綻や子孫を病で亡くします。後を引き継いだルイ15世も天然痘で死去。そしてフランス革命にて国王一家は幽閉され、ルイ16世とマリー・アントワネットは処刑台に…。革命後新政府に没収されたブルー・ダイヤモンドは、その後窃盗団により盗み出されてしまいます。数十年間行方不明となりますが、ある時、銀行家ヘンリー・ホープが所有していることが明らかになります。ヘンリーの死後、ブルー・ダイヤモンドを引き継いだ孫フランシスは事業が破産。妻と離婚した後、再婚相手が8年後に死去。ブルー・ダイヤモンドは、ホープ一族が所有したことから《ホープ・ダイヤモンド》と命名されますが、ホープ(希望)という名前とは裏腹に所有者の不幸は続きます。後に所有したロシアの帰属は急死し、ダイヤを売ろうとした宝石商は謎の事故死。その後カルティエに渡ったホープ・ダイヤモンドをアメリカ社交界の名士マクリーン夫人が購入しますが、こちらも夫はアルコール中毒になり、息子が9歳で事故死、娘は自殺すると言う不幸に見舞われます。そして最後の持ち主である宝石商ハリー・ウィンストンの手へと渡り、彼が10年ほど所有した後、アメリカのスミソニアン博物館へと寄贈され、現在に至る…そうですが、諸説あり、事実とは異なることも多く、脚色も…。それだけ話題になり憧れのダイヤモンドだった…と、まとめてもいいでしょうか?笑 (KARATZ Gem Magaginより抜粋)


そうそう!ホープ・ダイヤモンドは、映画「タイタニック」に登場する「碧洋のハート」のモデルになったダイヤだそうですyo。
ブルーは呪いなどと少々危険な存在でもありましたが、170カラットの原石のピンクダイヤモンドは、これから誰の手に渡り、どんな石生を送るのでしょうね?ピンク色のイメージ?happyを届けて欲しいものです。


Pさんは医療に関わる仕事をされていたので、コロナに関するコーナーも見ておきたいと。
「あー、そういうことか…」「怖いなー」と思ったのに、何に対して思ったのか?忘れてしまいました(^^;情けない
写真も撮ってないので、細かいことは忘れましたが、人類は昔からウィルスと闘い続けていることをわかりやすく展示しているコーナーでした。見学者には若い人も多く、関心層の幅の広さや深さを感じました。

お昼は、ココの地下でカフェテリア方式の簡単ランチ。 写真忘れましたぁ(>_<)

㉛ナイトミュージアムでなくデイミュージアム

フリーア美術館の翌日は、映画「ナイト・ミュージアム2」の撮影場所に使われた《国立自然史博物館 Smithsonian National Museum of Natural History》へ…。
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↑↓つま先立ちが可愛い♡
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恐竜も…。
《ディノサウルス Dinosaurs》?
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《ダンクレオステウス Dunkleosteus…デボン紀の大型プラコダーム魚》?
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《ヘラジカ…かな?》と思ったら、《Giant Deer》と書いてありました。なんと訳すのでしょう?
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写真撮ってた時には気付かなかったけど、優しい雰囲気~♡目が合ってしまった(^^; 
見つめてたら…カックラキンに出てたヒトに似てる?って思ってしまった(^^;


「もし、私がネアンデルタール人だったら…(だったかな?もう忘れてしまった💦)」みたいなコーナーがありました。
とにかく、自分の顔写真を撮り、人種を選んで…GO!…だったような…もう忘れてます。
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えええっ💦…オノコでないの💦💦…(爆) 残念ながら、拡大不可でーす(-_-)zzz


ナイトミュージアムⅠはニューヨークの自然史博物館で、Ⅱがワシントンの自然史博物館と宇宙博物館で撮影されたそうです。私はまだ見てないのですが、知ってる場面は出てきたでしょうか?

㉚ワシントン・ナイトツアー

ワシントンDCへのプチ・トリップがスミソニアン博物館だけ…というのも寂し過ぎます。ナイトツアーに申し込みました。
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我々が泊まったホテルでは、ツアーバスにピックアップしてもらえないので、出発地までの迎えのバスが来てくれました。pointマークを貼った地図中央の集合場所(ウェルカムセンター)のあたりが繁華街なのでしょう。ホテルで7時から待って、出発場所で一応トイレにも行って、結局8時近い出発でした。
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写真は左上から時計回りに見て下さい。ルートがあやふやですが、国会議事堂前を通り、日中に出掛けていた、スミソニアン博物館群が並ぶナショナルモールの辺りを通り、スミソニアンキャッスルの写真を車中から撮りまして(お昼にまさにこの辺りにいたのに)、公園周りに出ているキッチンカーを📷パチリと撮りながら、ホワイトハウスを遠くに眺めました。
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お昼に見たワシントン記念塔の裏側でバスを降り、芝生で球技だったかフリスビーに興じる市民の姿を眺めたのが20:15頃でした。日没が20:30頃で暮れていく美しい空の方向に見えるのがリンカーン記念堂です。バスに戻り、Tidal Basin(タイダル・ベイスンという大きな入り江)のほとり…ポトマック公園へ(上記の地図左下のpointマークを貼ったあたりだと思います)タイダル・ベイスンの入り江越しに見えたのは《ジェファーソン記念堂》です。
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私達が訪れたのは5月ですので、桜の季節には遅かったですが、桜の木はわかるので、「この辺りに植えられたんだ…」と。タイダル・ベイスン越しにワシントン記念塔を撮った場所でバスを降り、歩いてどこかへ行くよう運転手兼ガイドさんから集合場所と時間を伝えられました。

【ポトマックの桜のことを少し…メモ】
日本から桜を贈ったのは、1910年1月に2000本。その桜の苗木は病害虫に侵されていいたため、防疫検査を通過できず焼却処分されました。2012年改めて贈った12種類・3020本の桜は無事3月に植樹されたそうです。2回目の桜の苗木は1本も病害虫に侵されていなかったことに、アメリカ側の検疫官は感嘆したそうな。やるね!日本(*^^)v
参考までに…ポトマックの桜(nippon.com)  今年は、渡辺直美さんも桜まつりに出掛けられたそうですyo
 
何を見に行くのかわかってなかったのですが、到着したのは「I have a dream」の《キング牧師》の像でした。
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1963年8月28日のキング牧師の「私には夢がある(I have a dream)」の演説 
「I have a dream」しか知らなかったのですが、↑の演説原稿(日本語)の最後の方にある「アメリカンセンターJapan」の原文に飛ぶことができます。何度も繰り返される「One hundred years later…」「I have a dream…」の押し寄せる波のような演説だったのだと知り、この記事を書きながら感動しています。


学校で来ているのか?子ども達も多かったですが、平日の夜8時過ぎに社会科見学?そんなワケないか?なんだったんだろー?
夜で、地理もわからず、Pさんの「確かこっち」の言葉を頼りに歩きましたが、私達2人だったら絶対に迷子になっていたと思います。迷子ならまだしも、置いて行かれたかも?
アメリカの人でさえ何人か指定の場所に戻って来れなかったし、そもそも約束の時間にガイドさんが指定した場所にバスもガイドさんもいませんでした。あたりは暗く、「ええっ💦」と驚くほどツアーバスが出ていて、探すのも至難の業でした💦

私達には、Pさんと、1人旅のアメリカ南部の男性が一緒に歩いてくれたので助かりました。もうその男性の人の良さったら!というくらい良い方でした。Pさん曰く、南部の人間はとっても優しいのだそう。私達が迷子にならないよう!ずっと見守ってくれていました。彼は夫が一緒に行ったというだけのトイレメイトです。メアドを交換していたのがおかしかったです…って、どこから目線?笑

全員を見つけ出し、バスに乗せたところで次の目的地へ…。←なんとかなるものなのね…と思った瞬間。
《リンカーン記念堂》
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リンカーン記念堂からの眺め
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もう少し左側から撮れば、ワシントン記念塔の奥に国会議事堂が見えたのですが…。つまり、リンカーン記念堂、ワシントン記念塔、国会議事堂が一直線に並んでいます。この記念塔は街のどこからでも見えるシンボルタワーでした。


1963年8月28日のワシントン大行進(Wikipedia) ←60年位前にこの場所で抗議の声があがった写真も載せておこう。


この日の夕食は、ツアー終了後にホテルで食べました。ワシントンに到着した夜、盛り上がっていたラウンジ?Bar?で。盛り上がっている人々からなるべく離れて座ろうと、消毒スプレーでテーブルを拭いたのに、この席はダメって言われてしまい、長いテーブルの端っこにそーっと座りました。ピザ🍕とサラダ🥗となにかをオーダーし、乾杯🥂 Pさんと夫の目的が少しだけど叶って、この日の不思議な縁と流れに、私から「おめでとう!」と「ありがとう」を伝えました。

㉙宇宙に行けず…ナショナル・ミュージアム

アボット・セイヤーの《A Virgin》に会えて、ピーコックルームで束の間住人のように過ごせて、心がふわふわ~~🎈
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さて次は…ホテルに歩いて戻る途中にある、宇宙博物館へ向かいます!
30年位前に「アメリカのお土産~」と、出張者からNASAのアイスクリームを頂いて、NASAという文字に心躍り、食べたらアイスクリームでびっくりしたのを今でも覚えてます。で、今回のお土産には「宇宙アイスクリームを買おう!」って決めてました。

フリーア美術館とアーサー・M・サックラー・ギャラリーは地下で繋がる、ほぼ同じ美術館といえます。隣は《国立アフリカ美術館》で、その隣が《芸術産業館》、そのまた隣に《ハーシュホーン博物館 Hirshhorn Museum…近現代美術館》があって、やっと《国立航空宇宙博物館 Smithsonian National Air and Space Museum 》が見えてきた!暑かったぁ~。

「あの建物じゃない?」
「どこから入るんだろう?」ヒトがいない…っていうか、資材っぽいものが置いてある。まさか…
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Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン Σ( ̄ロ ̄lll)ウソダァ

外壁だけ工事じゃないか?どこか別の入口から中に入れるんじゃないか?…と、未練がましくウロウロしてみたけど、お休みは間違いなかった。今年の秋かぁ…はぁ○| ̄|_


公園の反対側に目をやれば…「じゃあ《ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Garally of Art 》をサラッと見てホテルに戻る?」という贅沢なチョイスができる場所なのです。それってやっぱり「すごい!」
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この美術館はスミソニアン協会の運営ではなく、アメリカの国立美術館で、ココも無料です。

《散歩、日傘をさす女性 Woman with a Parasol - Madame Monet and Her Son》
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ココにあったんだ!日傘の女性を下から見上げる感じの構図はどこかで見たと思います…が、右を向いていたのか?左を向いていたのか?そもそもこの作品だったのか?女性1人だったような…結局覚えてない(^^; クロード・モネ、1875年の作品です。

ナショナル・ギャラリーにはフェルメールの作品が4つありましたが、ボストンの時と違い、4枚まとめて📷パチリ 本当は私も写ってましたが、切り取ってしまいました。
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日本じゃあ、フェルメール様なのにね(笑)
左から◆赤い帽子の女(…女性だったんだ👀) ◆秤を持つ女 ◆手紙を書く女 ◆フルートを持つ女


ニューヨーク後半あたりから目に違和感を感じていたのですが、ワシントンでは、目が痛くて痛くて開けているのが辛くて、ほとんど薄目状態でした。アメリカの何かがカラダにあわないのか?マスクの何かの成分のせい?と思い、日本製のマスクに変えてから目が開けられるようになりました。元々目が弱いっていうのもあるのですが、以前着任後すぐに目から菌が入ったみたいで、顔が腫れあがって熱が出たことがあったので、使用していたマスクの製造国を怪しみました…全然違う原因で濡れ衣かもしれませんが…(^^;
何が言いたかったか?と申しますと、フェルメール様と一緒に写真を撮ったものの、目がショボショボだったので、いつにもまして自分が写った写真を見たくなかったのでした(笑)

ナショナル・ギャラリーは、ホテルに戻る途中にあったのですが、時間があれば、他の建物に入ってみたかったです。このバチアタリめ!発言なのですが、いわゆる西洋の絵画は、ボストンとニューヨークでもぉ~おなかいっぱいだったのです。
閉館時間も近づいていたし、夜のナイトツアーまで、少し休みたかったので、本当にササっと…


途中でステーキハウスだったのか?お肉の焼けるいい~~~匂いがしてきて、「食べたーい」となったのですが、食べるなら3人ですよね!でも、この日は途中でPさんと別れたので、バレますよね?我慢です。

それに…この日の夜は、ナイトツアーを申し込んであるからホテルに戻らなきゃ!でした。


【おまけ】
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なぜ、友近さんが?と驚いた《ハーシュホーン博物館》
日本人・杉本博司氏がリノベの設計者のようです。草間彌生さんの、あの「かぼちゃ」もあるようです。修理中と聞いた気がしますが、これが完成形だとしたら…かなり斬新ですね(^^;


他の作品は追記欄に…

㉘フリーア美術館 アボット・セイヤー

私はこの作品に会いたかった。
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フリーア美術館を検索していて見つけた作品なのですが、とてもとても気になってました。
隣の建物に移動する時に、階段にいきなり現れました。今回の旅行で一番心が動いた作品です。

作者はアボット・セイヤ-。モデルはアボット・セイヤーの3人の子どもで、中央の長女メアリーの後ろの雲が羽のような形をしているのが、「サモトラケのニケ(ルーブル美術館)」を意識しているようだ…との意見を見つけ、思わずなるほど!と。「民衆を導く自由の女神」が民衆を鼓舞しているようだ…とも。3人の子どもたちの眼差し、前に着き進む姿に心が揺さぶられました。

参考までに…《サモトラケのニケ》ルーブル美術館(写真、お借りしました)
サモトラケのニケ
ルーブルには行ったことがありませんが、いつか本物を見てみたい!


フリーアは、アボット・セイヤーやドワイト・トライオンのパトロンとして彼らの作品を多く購入していますが、最も力を入れて収集したのがホイッスラー(ピーコック・ルームの製作者)でした。ジャポニズムに傾倒していたホイッスラーから、日本の陶磁器、浮世絵の魅力を教わり、日本美術に感化され、初めて日本を訪れた彼は、原三渓や増田鈍翁と出会い、日本美術に魅入られ、審美眼を磨きました。
今回目にすることはできませんでしたが、俵屋宗達の《松島図屏風》や尾形光琳の《群鶴図屏風》仏像、浮世絵、陶磁器を購入し持ち帰っています。

廊下には…
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殴りませんから安心して! 驚いて目が覚めました?笑
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鎌倉時代の仁王像で、大阪の家原寺のものだそうです。明治時代の廃仏毀釈で村人がフランス人の美術商に売ってしまったのだとか…。焼き払われることなく、こうやってアメリカの地で…。作品名は《Gurdian》…なるほど!



日本の展示室には屏風も…
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《琴棋書画図》海北友松


1987年に、アジア・中東諸国の美術品を主に展示するアーサー・M・サックラー美術館が隣に開館。2つの美術館は地下で繋がっています。両館の館長は兼任で、学芸員も共通です。あたかも1つの美術館のようになってます。
写真は撮りませんでしたが、浮世絵も有名です。訪れた日は、サックラー美術館で「相撲」の浮世絵が展示されていました。

派手な美術館ではありませんでしたがが、心に残る好きな美術館でした。
アジア・中東諸国の美術品の写真を追記に載せます。ご興味ありましたら、どうぞ~